東京高等裁判所 昭和37年(ラ)723号 決定 1963年3月05日
抗告人 竹内茂
主文
本件抗告を却下する。
抗告費用は抗告人の負担とする。
理由
抗告人は、本件抗告の理由として、別紙抗告理由書記載のとおり主張した。
本件記録添付の抗告人を原告、大蔵大臣及び株式会社中部相互銀行を被告とする静岡地方裁判所昭和三十四年(ワ)第二二九号不法検査排斥等請求事件の記録によれば、原裁判所が、昭和三十七年十月二日午前十時の口頭弁論期日において、抗告人のなした被告銀行に対する文書提出命令の申立を却下して、同事件の口頭弁論を終結していることは抗告人の主張するとおりである。
口頭弁論を経て、訴訟手続に関する申立を却下した決定に対しては独立して抗告をなすことが許されないものであることは、民事訴訟法第四百十条、第三百六十二条の反面解釈上明かである。裁判所は当事者の申出た証拠については、その取調の限度を定める裁量権を有するのであつて、このことは書証の申出についても変りがなく、しかも、証拠の申出を却下した決定に対し、独立して抗告の申立をすることの許されないことについてはなんの異論も見ない。民事訴訟法第三百十五条は文書提出命令の申立に関する決定に対しては即時抗告をなすことを得と規定し、申立を却下した決定に対しても即時抗告ができるように読めるようであるが、文書提出命令の申立は書証の取調申出の方法としてなされるものであるから、特にこの場合にかぎつて申立却下の決定に対し、その申立をなした当事者に対し独立して抗告を認める合理的な理由を見出すことができない。むしろ同条は文書の提出を命じられた第三者は、右命令に従わないときは、制裁を受ける等の不利益があり、しかも外に不服の方法が認められていないから、右の第三者に対して、特に即時抗告を認めた規定であると解するを相当とする。かりに、当事者は申立却下の決定に対しても即時抗告ができる趣旨と解するとしても、当該事件の弁論が終結せられ、終局判決がなされた後においては、もはやその審級において書証を提出し得る機会は全くないのである本案判決に対する上級審で本案判決の当否と共に右却下決定の当否を争うべきで、またそれでたりるのであるから、文書提出命令の申立を却下した決定に対しては即時抗告をなす利益を欠き、許されないものといわなければならない。
本件においては、原裁判所は口頭弁論を経て、抗告人の文書提出命令の申立を却下し、即日口頭弁論を終結したものであることは前示のとおりであるばかりではなく、前掲記録によれば、原裁判所は同年十一月六日判決の言渡をなし、被告人は当裁判所に控訴を申立て、現に係属中のものであることが認められるから、上記いずれの点からみても本件抗告は不適法であることを免れない。
よつて、本件抗告を却下することとし、抗告費用は抗告人に負担させて、主文のとおり決定する。
(裁判官 村松俊夫 伊藤顕信 杉山孝)
抗告理由書
抗告する裁判の表示
原告(抗告人)の書証提出命令の申立は採用しない。
右裁判は昭和三七年一〇月二日静岡地方裁判所第七号法廷において同日右(抗告人)に告知されたはしがき
吾人が裁判所へなすは直接行動即混乱を避けんにある本案政治的色彩濃淡に斬如決定は特別抗告理由あるしまた法令に慣習法に違背すること顕著多大である従つて之は更正し採用すべきである。
第一点特別抗告の理由
一、右は省略する。
第二点即時抗告権と理由
一、採否権の濫用である民事訴訟法第二五九条は準用手続前後と解すべきである同法第三二〇条第三五〇条の法意(大判明四一、五、一一民録一四、五六七)
適法に提出されたすべての証拠については当事者双方のため共通してその価値判断をなさねぱならない(最判昭二八、五、一四民録七、五、五六五)
民事訴訟法第三一五条は当事者双方権と解すべきである。
二、抗告人(原告)は第三回
昭和三七年八月七日期日釈明指示のそれに相当する当該物的提出命令等適法に申立てたのであるにも不拘右釈明と解すべき該趣旨或いは事実或いは義務原因等何んら審理釈明相尽すことなく告知弁論終結となしたのは右第一で示す濫用であり不尽で判例違反である。
三、商法第三二条第三六条第四二九条乃至第三五条での重要書類或いは其の一部分とは該文書を指したものと解すべきでその存否重要性は各金融機関魔酔も容易に覗われる所謂機関貸金は金融業存立の大本であると共にそれと密着する該文書の各機関慣行は五ケ年間の保存である(但し権利の消滅しないものは更に延長性がある)従つて採用しないの該告知は法例第二条慣習法に違背するし調査嘱託及謂釈明処分なしたる如きは相手方に偏した採用に価しないものである。
四、抗告人(前同)は第一次の請求として不法検査をそうして第二次再検査要素に該文書提出命令の請求をなしたのであるにも不拘右第一位をなさずして第二位のこれら判断は判例上許されない。
五、本件等公共社会性の是非は当事者すべて顕出のものについて当否判断せねばならないところ本件は抗告人(前回)の全く一人舞台で既往厖大書面についても更に陳述の機会与へないし(注、訴訟資料にならない大判昭七、七、五民集一一巻一五七九頁)将相手方被告らの棄却或いは不適法申立理由の立証も全く促さない所謂すべて代弁主義で従い当事者平等主義にも相反する。